虐待
子どもに対する虐待、高齢者に対する虐待、配偶者に対する暴力…これらは決して珍しいことではありません。私たち誰もが、被害者になったり、逆に加害者になる可能性があるのです。そして虐待は病気と同じで、早く発見し、早く対処しなければ大事に至ります。
「いけないと思いながら、子どもをつい、ひどく叩いてしまう」と悩んでいる人。「夫に暴力をふるわれているけど、誰にも相談できない」と悩んでいる人。あるいは、近所の家の子どもやお年寄りが虐待されているのではと気になっている人……。ここで、ご一緒に問題解決の方法を探しましょう。
はじめに
近年、子どもや高齢者に対する虐待が急増しています。特に増えているのは児童虐待で、厚生労働省の調査によると1990年代半ばからの10年間に、約15倍になったそうです。むろん、児童虐待に対する認識が高まったことで、それまで隠れていた被害が表面化した面してきましたから、実数として15倍に増えたわけではありません。しかし、かなり増えつつあるというのが専門家の共通した認識です。
児童虐待や高齢者虐待とは内容的にやや異なりますが、配偶者による暴力、いわゆる「ドメスティック・バイオレンス(domestic violence=DV)」も、広義の「虐待」に含めて考えてよいでしょう。これは実態として近年増えてきたかどうかはわかりませんが、公的機関などの相談例は増えています。
2000年には「児童虐待防止法」が、2001年には「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(通称DV防止法)」が施行されました。高齢者虐待についても、福祉関係の団体や学会が問題解決に向けて積極的な取り組みを始めています。
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虐待とは
「虐待」は、自分の保護下にある人に対して、長期にわたって暴力をふるったり、嫌がらせをすることと定義されています。ただし、この定義が100%当てはまるのは「児童虐待」の場合だけです。高齢者の場合は必ずしも被害者が加害者の保護下にあるとは限りません。もう少し広く、「家庭内で自分より弱い立場にある相手に、長期間にわたって暴力をふるったり、嫌がらせをすること」と考えた方がよいでしょう。その意味で、DVも虐待の一種とみなしてよいと思われます。
虐待というと一般に「殴る蹴るの暴力をふるうこと」と考えられていますが、そういう直接的な暴力だけが虐待に当たるわけではありません。これは虐待の一種に過ぎないのです。虐待は基本的に「身体的虐待」「心理的虐待」「ネグレクト(世話、養育、介護の放棄)」「性的虐待」の4種類に分けられます。被害者が高齢者や配偶者の場合は、ほかに「経済的虐待」もあります。
心理的虐待というのは、相手をひどく傷つけるようなことを繰り返し言ったり、出て行けと脅かすなどの「言葉の暴力行為」や、相手がひどく嫌がることをして強いストレスを与える行為を指します。ネグレクトは主に児童・高齢者虐待において見られるものですが、病気で寝込んだ配偶者を病院に連れて行かず、まともに食事も食べさせないといった、「ネグレクトの形態を取ったDV」も存在します。そして、これらの虐待は1種類だけでなく、2種類以上が重なることも少なくありません
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虐待の具体例
(1)身体的虐待
- 直接的な暴力をふるう(殴ったり蹴ったりする、突き飛ばす、髪をつかんで引きずる、タバコの火を押しつけるなど)
- 寒いときに戸外に閉め出す
- 正当な理由なく家に閉じこめる
- 縄などで縛って拘束する
(2)世話(養育や介護)の放棄や怠慢(=ネグレクト)
- まともに食事を与えない
- 重い病気になっても適切な対処をしない(病院に連れて行く、医者を呼ぶなどの行動をとらない)
- 入浴の世話を怠ったり、下着を取り替えずに汚れ放題にしておく
- 極端に不潔な環境の中で生活させる
- 身体的精神的に有害な環境の中に長時間放置する
(3)性的虐待
〈子どもの場合〉
- 性交、性的暴力の対象にする
- 性的行為を教唆する
- ポルノグラフィーの被写体にする
〈成人の場合〉
- 相手が嫌がる性的行為を強要する
〈高齢者の場合〉
- 排泄の失敗などに対する懲罰として、下半身を裸にして放置する
(4)心理的虐待
- 言葉で脅迫する
- 相手が怯えるほど、どなったり罵ったりする
- 相手の心を傷つけるようなことを繰り返し言う
- 自尊心をひどく傷つけるような言動をとる
- 無視したり、拒否的な態度をとる
- 他の家族と著しく差別的な扱いをする
- 友人や親族と会わせない
- 正当な理由なく行動を監視する
(5)経済的虐待
- 日常に必要な金銭を渡さない
- 本人の財産(不動産など)を無断で売却する
- 本人の預貯金などを本人の意思に反して使用する
- 支出を細かくチェックし、不当に制限する
これも虐待です!
- 高齢者や病人を、ベッドに拘束する
- 高齢者や配偶者の失敗を、他人の前で嘲笑して恥をかかせる
- 高齢者の年金を勝手に使う
- 配偶者の行動を監視し、電話や手紙をチェックする
- 子ども達のひとりを、食事などで差別待遇する
- 乳幼児を車の中に長時間置きっぱなしにする
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虐待=不適切な関わり
マルトリートメントとアビューズ
DVを含めた虐待に対する社会的認識が高まったとはいえ、一般にはまだまだ「身体的虐待」と「ネグレクト」だけを虐待とみなす傾向があるようです。むろん、身体的虐待は被害者に傷害を与え、場合によっては命にかかわることさえありますし、ネグレクトも場合によって生命の危険につながります。ですから特に被害者の保護が必要な問題と言えますが、その他の虐待も決して軽視はできません。心理的虐待や経済的虐待を受け続けた被害者は精神的に強いダメージを受けます。親に虐待された子どもは情緒不安に陥りますし、家族から虐待された高齢者や、夫から虐待された妻は抑うつ状態になって、極端な場合は自殺に至ることもあるのです。
身体的虐待やネグレクトといった「目に見えるもの」だけが虐待と思われがちなのは、虐待という言葉自体にも問題があるのかも知れません。ここで問題にしている虐待を、英語ではマルトリーメント(maltreatment)と呼びます。ちなみに虐待にあたる英語は、もうひとつ、アビューズ(abuse)という言葉がありますが、この2種類はニュアンスがかなり違います。アビューズの方は「あいつが憎らしい」「傷つけてやろう」と意識しておこなう、積極的な加害行動です。暴力のイメージの強い言葉です。それに対して、マルトリートメントの方は「悪意の有無」は関係ありません。無意識の行為、軽い気持ちでした行為、もっと言えば「よかれと思った行為」でも、相手が傷つけば明確なマルトリートメントなのです。その点、セクシャル・ハラスメントと、似たところがあると言ってよいでしょう。人間関係のあり方に焦点が当てられており、「虐待」より「不適切な関わり」と訳した方が正確だと言われています。相手との関わり方が正常の範囲を逸脱し、相手の身体のみならず心や人格を傷つけてしまうのが「虐待」なのだと解釈すれば、虐待というものをよく理解できるのではないでしょうか
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虐待への早期対応の重要性──
友人、親族、近所の人など、身近な人達の被虐待を早期発見するために
「虐待の実態」の項で紹介したように、児童虐待も高齢者虐待もDVも、「重度」のものはさほど多くありません。東京都福祉局など公的機関の調査によると、重度の虐待──たとえば道具でさんざん殴られてひどい怪我をしているとか、極端な嫌がらせが続いて自殺まで考えたといった例──はだいたい10%強。「手で殴る」「ネチネチと嫌味を言う」といった程度の、中・軽度の虐待のほうがはるかに多いのです。軽い虐待は見過ごされがちだったり、被害者が我慢してしまうことも多いので、調査に現れた数字よりもさらに多いのではないかと言われています。
しかし、軽いものだからといって軽視してはいけません。暴力には「エスカレートする」性格があるからです。身体的暴力だけでなく、心理的な暴力、経済的な暴力、ネグレクトなど、すべて放置すれば歯止めがきかなくなり、エスカレートしていきます。身体的虐待で言えば、最初は素手でちょっと殴る程度だったのかが、傷が残るほど殴ったり髪を掴んで引きずり回すようになり、やがてバットのようなもので殴ったり階段から突き落としたり……。初めのうちは心理的虐待だけだったのが、身体的暴力が加わったりすることもあります。早いうちに断ち切らないと、いつか取り返しの付かない事態を招きます。次のような時は、迷わず相談機関に頼るべきです。
- あそこのうちの子どもや高齢者は、虐待されているのでは?と思ったとき
- 友人など知り合いが、子どもや高齢者を虐待している気配があったとき
- イライラするとつい子どもを叩いてしまい、そんな自分自身が不安なとき
- 配偶者が、自分のいないところで子どもを虐待している気配があったとき
- 配偶者に暴力をふるわれたり、しつこく嫌がらせされたとき
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虐待の発見方法
DVの場合は被害者本人が相談機関に電話したり駆け込むことが多いのですが、児童虐待はほとんどの場合、周囲が発見するほかありません。高齢者虐待も、本人の訴え以外で表に出てくるケースが大半です。リスクが高いと感じたら、周囲の人々がよく注意したいものです。
まともに食事を与えられずにやせ衰えていたり、殴られて顔が腫れ上がっていたりすればともかく、軽い虐待ぐらいはわからない、と思われるでしょう。しかし児童虐待に詳しい小児科医は、被虐待児童は見ればわかるといいます。傷があるかどうかではなく(階段から落ちて怪我した子どもが担ぎ込まれても、怪我の状態だけでは親に突き落とされたか自分で落ちたかはわからない)、「親子の関わり方の状態」でわかるのだそうです。被虐待のサインとしては、たとえば、子どもがビクビクして親の顔色をうかがう様子が見える、明らかな情緒不安に陥っている、親が近くにいると不自然なほど緊張する、構って欲しいためにわざと人目を引く行動をする、などが挙げられます。高齢者虐待防止事業に携わる福祉関係者の話では、高齢者の場合も同じようなサインがあります。加害者と思われる人が近くにいると、ひどく緊張して顔色をうかがう様子が見えたりするのです。うつ傾向が見られることもあります。
DVの被害者も、基本は変わりません。知人の家を訪ねた時、彼女(時には彼)が配偶者の前でオドオドしている様子があれば、チャンスをみつけてそれとなく聞いてみた方がいいでしょう。
むろん、誤解だったというケースも多々ありますが、「間違っているかも」と見逃してしまうのは加害者・被害者両方にとって悲劇です。加害者は罰せられる対象ではなく、彼らも援助が必要なのです
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心理的虐待の判断
虐待の中で、最も難しいのは心理的虐待でしょう。次のような例は、果たして虐待に当たるでしょうか。
- 親が子どもを叱るとき、「そんなことする子は、どっか行っちゃいなさい」と言うのが口癖のようになっている。
- 夫婦げんかの時、夫がしばしば「おまえみたいなバカと結婚しなきゃよかった」とどなる。
答えは「これだけではどちらとも言えない」です。心理的虐待は「言葉の暴力」が使われることが多いのですが、言葉というのは「どういうシチュエーションで言われたか」「普段の関係はどうであるか」が重要です。親子でも夫婦でも、普段の関係がうまくいっていれば、少々きついことを言っても相手に傷を負わせることはありません(第一、人間関係においては、うまくいっている相手に対して致命傷になるような言葉の暴力は使いません)。マルトリートメントというのは、要するに関係のあり方がよくないために、具体的な関わり方も不適切になってしまったものだと言えます
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